南北に長く、海岸線の長さは915km!対馬の面積は壱岐の5倍近く、トンガ王国とほぼ同じ(外務省調べ)、東京23区や琵琶湖よりも広いんです。自慢は広さだけじゃない。待っている体験が、いちいち濃い!何日滞在しても飽きることがありません。
無人島を100以上有する離島は対馬だけ!ぽこぽこと海に浮かぶ島々の地層にはたくさんの歴史が記されています。波にさらされる島の外周は高い崖が発達し、場所によっては高さ100m近くの崖も。シーカヤックで巡ると、そのスケールに圧倒されます。
「対馬暖流」とも呼ばれる海流のおかげで平均気温が15度と温暖なため、島の89%が豊かな森林に包まれています。全国的に貴重な「照葉樹原生林」が広がり、国の天然記念物で絶滅危惧種のツシマヤマネコをはじめ、多様な稀少生物と出会えるのも対馬の魅力!
険しい山地が沈降したり海水面が上昇してできるリアス海岸は、NHKブラタモリでも注目されました。入江と島々が複雑に入り組む風景は、タモリさんが『リアス王』と絶賛しました。入江は小さな湾になっていて、外海が荒れていても、いつもおだやかです。
東シナ海と日本海を結びプランクトンが豊富な対馬は、魚の楽園。全国トップレベルの漁獲高を誇る養殖クロマグロや水揚げ量日本一のアナゴ、マサバにノドグロや寒ブリなど、全国の腕利き料理人からのオーダーが絶えない一級品はあれもこれも対馬です。
韓国までわずか50キロ。日本よりも異国が近い国境の島として古代から国防の最前線だった対馬。663年には大陸からの侵略を防ぐための前線基地として山城「金田城」が築かれ、日清・日露・太平洋戦争の時代には31箇所もの砲台が作られました。
国防だけでなく、常に大陸との外交で矢面に立ってきた対馬。豊臣秀吉の朝鮮出兵で国交断絶の歴史もありながら、「互いに欺かず、争わず、真実をもって交わる」の精神で国交復活。対馬の当時の外交は、今日の日本の外交が見習うべきお手本ともいえます。
魏志倭人伝で最初に登場する日本の国として描かれた対馬。島内には実にたくさんの神社が。多くの神社に共通するのは社が海の近くにあるということ。白村江の戦い・元寇・日露戦争など、激動の歴史に揉まれ続けてきた対馬の人々の心を守り続けてきました。
古くから人々に愛されてきた「対州そば」。農地が少ない対馬では山の斜面でのそば栽培が盛んでした。原種は中国南部、ヒマラヤ周辺がルーツですが、離島なので違品種と交わることが少なく、大陸の原種の特徴が宿る素朴な味わいのそばが残ったのです。
上質な食材を育む対馬の環境。原木に恵まれた対馬の椎茸は森のアワビと称される極上品質。江戸時代には幕府への献上品の定番で味わいも歴史も深いのです。また、高価で取引される赤牛の産地も実は対馬で、子牛として出荷して熊本などでブランド牛に。