対馬の「気嵐」。限られた季節にだけ現れる秋冬の風物詩。

冬の早朝、海辺に突如現れる神秘的な蒸気霧をご存知ですか？白い息を吐くように、海面から蒸気のような細い霧が立ちのぼり、うっすらと揺れていたその気配が冷えた空気に抱かれて、まるで露天風呂の湯気のように変化していきます。これは、晩秋から冬にかけて、対馬の海岸付近で見られる「気嵐」と呼ばれる自然現象です。霜が降りるような冷え込んだ日、海面からうっすらと湯気が立ち、放射冷却によって冷え込みが厳しくなる朝に見ることができる珍しい風景の一つです。

「気嵐」は気まぐれで、時間帯や気温だけでなく、風の穏やかさなど稀有な気象条件が揃わない限り、見ることができません。運が良ければ、上対馬の沿岸や万関橋、浅茅湾と三浦湾の島々の間、そして豊玉の海辺などで稀に出会えることがありますが、風が強い日が多いのが、秋冬の対馬。もし遭遇することができれば、かなりの幸運と言えるでしょう。広範囲に渡って「気嵐」が起きている場合は、一面が白く染まり、雲海のように揺れることも。思わず息を飲むほどの神秘が目の前に広がります。

中でも一際心を奪われるのが、海中神社で見られる「気嵐」。和多都美神社の海中鳥居で見る風景は神話の世界そのもの。白い湯気が朝日に照らされる瞬間は、清らかな「気」で心が浄化されるような神聖なひと時・・・俗世の雑事から離れて、心の呼吸を取り戻す時間へと誘ってくれます。

夏が長い分、秋が短くなっていくのを少し切なく感じるこの頃。冬が来るのはまだ早い。海は、まだ秋の温もりを手放したくない。しかし、陸からは冷たい空気が流れ込み、冬の訪れを否応なく感じさせます。「気嵐」は、そんな海のため息なのかもしれません。

（対馬感考案内人F）