日本列島と大陸の間に浮かぶ国境の島・対馬は、古来より地政学上のチョークポイント(海上輸送や軍事における重要航路の収束点)として知られています。特に島の中央に広がる天然の良港・浅茅湾(あそうわん)は、もし他国が占拠すれば軍港として利用できる諸刃(もろは)の刃のような重要拠点です。
白村江の戦い(7世紀)、元寇(13世紀)、文禄・慶長の役(16世紀)など、対馬は幾度となく歴史的攻防の舞台となりましたが、明治時代に入ると、ロシアの南下政策から浅茅湾(あそうわん)を守るため、明治政府により多くの砲台が設置されます。さらに昭和期には、軍艦の主砲を転用した巨大な砲台が建造され、島全体が「不沈戦艦・対馬」として要塞化されていきます。
戦後、砲台は武装解除され、砲身も解体されましたが、石やレンガ、コンクリートで造られた弾薬庫や兵舎の跡が現在も残り、当時の面影を静かに伝えています。かつて戦争の負の遺産として敬遠された砲台跡ですが、近年では壮大・重厚な近代土木遺産として再評価されつつあります。
時代ごとに進化を遂げた対馬の砲台群は、まさに「砲台の博物館」です。城の発展形が砲台であるとすれば、7世紀の古代山城から近代要塞まで揃った「お城の進化論的博物館」とも言えるでしょう。
砲台の多くは、敵艦を見渡せる高台や海岸近くに築かれており、対馬海峡や浅茅湾を一望できます。明治期のレンガや砂岩、昭和初期のコンクリート建造物が100年近い時を経て自然と調和し、眼下には海が広がり、その風景はまるでアニメ映画「天空の城ラピュタ」の世界を感じさせます。
ただし、多くの砲台は自動車でのアクセスが難しいため、トレッキングスタイルでの訪問がおすすめです。快適で安全な探検のために、無理のない計画を立て、装備を整えて臨みましょう。
基本装備
・服装:長袖・長ズボン・手袋(害虫・植物のトゲ対策)、履き慣れた登山靴(滑りやすい道に対応)、雨具(天候の変化に備えて)
・持ち物:バックパック(両手を自由に)、携帯電話(モバイルバッテリー必携)、地図&登山アプリ(オフライン対応推奨)、双眼鏡(遠景・生き物観察用)
・必需品:ヘッドライト(弾薬庫の探索や万一の夜間対応)、飲料水・軽食(長時間行動を考慮)
砲台めぐりをより楽しむために、当時の時代背景を学べる作品を(独断と偏見で)ピックアップしてみます。
・小説・ドラマ:「坂の上の雲」(明治時代の歴史的背景、日清・日露戦争)
・映画:「二百三高地」(日露戦争の激戦地・旅順攻略戦と大砲の活用)
・漫画・映画:「ゴールデンカムイ」(冒頭で旅順の二百三高地攻防戦を描写、北海道の歴史とアイヌ文化)
日清・日露戦争時に、対馬の竹敷要港部で水雷艇や駆逐艦の指揮を執り大きな戦果をあげた鈴木貫太郎は、のちに昭和天皇の懇請により戦時体制最後の首相となり、太平洋戦争の終結を決断することになります。
・ノンフィクション・映画:「日本のいちばん長い日」(終戦の日の鈴木首相の決断と軍の行動をスリリングに描く)
明治から昭和にかけて築かれた30以上の砲台のうち、遺構が良好な3つを紹介します。
日露戦争に備え、大口径の28糎榴弾砲(せんちりゅうだんほう)を6門配備した典型的かつ先進的な砲台です。赤レンガの美しい弾薬庫が現存し、左右の観測所からは対馬海峡東水道の絶景を望めます。
7世紀に築かれた古代山城・金田城を活用し、28糎榴弾砲4門を配備した砲台です。古代山城と明治期の砲台が融合した珍しい遺構で、お城・歴史ファンから高い評価を得ています。
第1次大戦後のワシントン海軍軍縮条約によって、空母に改造されることになった巡洋戦艦「赤城」(諸説あり)の40.6cm2連装カノン砲を移設した砲台です。砲身長18.5m、砲身重量108トン、実用射程距離30.3kmの巨砲で、対馬海峡西水道の封鎖が目的でした。
※砲台への道路が崩れやすいため、訪問前に対馬観光物産協会のウェブサイトで最新情報を確認してください。
なお、明治期の上見坂堡塁(かみざかほうるい)は、ロシア兵との白兵戦を想定した防御陣地で、上見坂公園・展望所として整備されており、浅茅湾を展望できます。昭和期の棹崎砲台は、観測所がよい状態で残っており、同様に棹崎公園として整備され、いずれもアクセスしやすい部類の砲台になります。
(一社)対馬観光物産協会では、砲台パンフレット「対馬砲台あるき放題」を無料配布中しており、ホームページからダウンロードもできます。
「日本の要塞」(学研)は中古本のみですが、全国の砲台が写真やイラスト付きで詳しく解説されており、砲台めぐりのバイブルです。
対馬の砲台は、単なる戦争遺構ではなく、日本の近代史と技術の進化を物語る貴重な遺産です。雄大な景色とともに、国境の島・対馬が歩んできた歴史の足跡をめぐり、そのスケールを体感してみませんか?
(一社)対馬観光物産協会・マニアック担当
対馬・厳原町出身、美津島町在住。島内を歩きまわり、トレッキング、砲台、光るキノコ、お城、神社、狛犬、対馬に関連する漫画・アニメ・ゲームなどの情報を発信するのがライフワーク。WEBサイト「エヌの世界」を運営中。
■砲台パンフレット「砲台歩き放題」
https://drive.google.com/file/d/19DvaF-5_0ezTqspd31K2JYYUBna-4eA4/view
■対馬の砲台(エヌの世界)
対馬の砲台の概要、姫神山砲台など各砲台の紹介
https://kacchell-tsushima.net/fortress