対馬藩主宗家の墓所(万松院)

対馬藩主宗家の墓所(万松院)

仮に貴方が日常の喧騒を離れ、独り静かに古人との霊感交流を楽しみたいと思い立ったならば、古い墓所を訪ねることをお勧めします。時間帯は、夕刻の日没前後が良いでしょう。東の空が白み始める早朝でも良いのですが、そのためには相当早起きして出かけなければなりません。

太陽が昇った昼間、お墓の主である古人たちは、墓所を離れてどこか別の場所に出かけていたり、海や空を飛び回ったりしています。夕方になって陽が西の山端に隠れ、辺りが青みを帯び始める頃になると、日中三々五々散らばっていた霊魂たちも、静けさを取り戻した自分の住まいに戻って来ます。そのタイミングで墓所を訪れたならば、そこかしこの木の陰、石の陰に古人の佇まいを感じることができるでしょう。

通常彼らは自分たちからしゃべりかけてくるようなことはしません。ただ、こちらの様子をじっとうかがっています。目と目で、あるいは心と心で無言の挨拶を済ませれば、あとは我々が辺りを徘徊するのを彼らは見守ってくれています。時折、風のそよぎや虫の声を借りて道先案内をしてくれることもあり、その合図にしたがって進んで行くと、思わぬ神秘的な場所や光景に巡り合うこともあります。

現地では、ピュアな心持ちで目的を持たず感覚を鋭敏にしてぶらぶらしていると、時に何かと遭遇する予感がして、その直後に予感はしばしば的中します。こうした不思議体験が重なると、だんだんお墓巡りをはじめとした霊感交流がやめられなくなるのですね。

前置きが大変長くなってしまいました。では、これから私がお勧めするとっておきの墓所を一つご紹介します。場所は対馬の厳原。どちら様のお墓かというと、古来より対馬を治めてきた対馬藩主宗家の歴代墓所になります。

ここは知る人ぞ知る日本三大墓所の一つで、お墓マニアであれば、生きているうちに一度は訪れないと死にきれない場所。もちろんお墓マニアでない方々も、対馬に行ったならばぜひ訪れて頂きたい所です。因みに三大墓所残りの二つは、石川県金沢市にある加賀藩主前田家墓所と、山口県萩市にある萩藩主毛利家墓所だそうです。

厳原の街中から金石城跡を抜けて山手の方向へ向かって行くと、突き当たりに万松院というお寺があるのですが、その裏山に古樹大木に囲まれて壮大な宗家の墓石群が広がっています。万松院は対馬宗家の菩提寺で創建は江戸時代の1615年、安土桃山様式の山門は対馬最古の木造建築で、左右に起立する2対の仁王像は貫禄があります。なのですが、、、今回の目的はあくまでお墓。お寺はスルーして、山門を横目に裏山の墓所へ突入しましょう。

まず、いきなり眼前にこの石段の連なりが現れます。苔むした石段の両端には石灯籠が並んでいて、我々現世人を山の彼方の天上界へと導くかのようです。この石段を前にして、前方を見上げると、ちょっと足がすくみそうになるかもしれません。だからといって、気後れしてそのまま引き返して来てはなりません。

対馬が辿ってきた歴史の重みを足裏に感じつつ、一歩一歩踏みしめながら登って行きましょう。この石段は、「百雁木(ひゃくがんぎ)」と呼ばれており、島内産の石を積み上げて頂部まで132段あるそうです。しばらく登っていくと、石段の左右に根を張る杉の巨木の枝振りが頭上に覆い被さってきますが、その様はまるで化け物の手足のようです。

石段の上の方までやってきて後ろを振り返ると、山裾の万松院の山門は既に豆粒のように小さくなっていて、その先には緑深い山なみを遠望することができます。

百雁木の石段を頂部まで上り詰めたその先は、複数段の平たくなった場所に大きな墓石が林立しています。これが、御霊屋(おたまや)と呼ばれる対馬宗家墓所。墓石の形は、五輪塔(下から地・水・火・風・空を表す5つの石を積み上げる日本古来の素朴な形)や、宝篋印塔(中国由来の様式で優美で繊細な形)、それらに似た形のものなど、築造された時代によって混在しているようです。いずれも背丈が大きく台座もしっかりしているので、格式の高い方々のお墓であることが見て取れます。

辺り一体は原生林が鬱蒼と生い茂り、中には樹齢800年を超える杉の巨木も数体あって威容を呈しています。このような自然景観に囲まれて厳粛な佇まいを見せる宗家墓所は、神聖な場所に特有の霊気が漂っており、我々も自ずと寡黙にさせられます。

私が訪れた時は、山裾の万松院の閉門間際の夕刻で、他に参拝客もおらず静寂そのものでした。大樹と巨石の狭間を無我夢中で歩きまわった末、もと来た百雁木の石段を下って山を降りようとする私の背中には、無数の古人の視線が注がれるのを感じたことを覚えています。

ところで、万松院では年に一度、秋に万松院祭りが開催され、約350基の灯籠全てに明かりが灯されるそうです。宗家墓所を夜に拝観できるのは、この日だけ。闇に浮かぶ無数の灯籠は、さぞや幻想的なことでしょう。私も次は、この万松院祭りの日に対馬を訪れたいです。

ここまで書いてきて私自身のことを何も語ってなかったことに気づきましたので、対馬の思い出と共に、最後にさらっと自己紹介させてください。私は普段は鹿児島に住んでいるのですが、福岡在住の友人ご夫婦に誘われて、この時(2023年7月)初めて対馬を訪れました。2泊3日の短い滞在ではありましたが、現地の方々のご案内を仰ぎながら、それこそ島の端から端まで周りました。

ざっと列挙していきますと、龍良山原始林、豆酘崎、六観音の仏像巡り、椎根の石屋根倉庫群、西漕手、上見坂公園の砲兵詰所跡、和多都美神社、烏帽子岳展望所から眺める浅茅湾、天日塩の製造工程見学、などなど。こんなに自然豊かで歴史や文化の見所がぎゅっと詰まった島は、他にないのではないでしょうか。

特筆すべきは、とにかく魚が美味いこと!そして地元の方々の素朴な優しさです。地元の方に先導されて入った店は、出てくる料理がことごとく絶品で舌鼓打ちっぱなしでした。日中の島内巡りのあとは、連夜の宴会で夜は更けていきました。

そして、もう一点。私がこの宗家墓所を訪れた日は、ちょうど厳原町で年に一度開かれる地蔵盆の日でした。地蔵盆とは、宵の刻に厳原の街のあちこちに点在するお地蔵様を、地元の子供達が廻ってお参りする静かで奥ゆかしいお祭りです。夏休みが始まって間もない時期、浴衣姿の子供達は親に連れられ、あるいは友達同士連れ立って、街角のお地蔵様を夕闇の中ハシゴします。

つい今しがた霊界の宗家墓所から下りてきたばかりの私がその延長で目にしたのは、この地蔵盆に集まる人々のそぞろ歩き、オレンジ色に揺れる提灯に照らされた子供達の顔でした。その光景は、過去と現在、あの世とこの世が、瞼の中で曖昧に溶け合って醸し出される幽玄の世界でした。

今、この文章を書きながら対馬のことを思い返していると、頭がぼおっとしてきて、心はまたふらふらと対馬の海岸線、山の中、街の中を彷徨い始めます。一度行くと、何か人生で決定的に大切な事に気付かされてくれる場所が対馬。島のあちらこちらに、はっとする発見・不思議体験が待ち受けている対馬に、皆さんもぜひお出かけください。

太良 仁
Profile

太良 仁(たら ひとし)

鹿児島在住のフォトグラファー・建築士・インテリアプランナー・インテリアコーディネーター・絵画講師
これまで廃寺跡を中心に200箇所以上を廻って墓石群や石仏を撮影してきました。歴史的建造物、アンティーク、クラシック音楽など、古いもの好き。
(仕事では新しい価値観の提案を目指してます。)

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