対馬銘菓「かすまき」の歴史に迫る

対馬銘菓「かすまき」の歴史に迫る

旅をすると、その土地の「銘菓」と呼ばれる菓子を食べてみたくなったり、お土産として買って帰りたくなったりしませんか?「お土産を買って帰ろう!」という衝動が起こるのは、その土地で得た感動を持ち帰り家族や知人と共有したい!という気持ちから来るものなのだろうと思います。

さて、対馬にも、対馬ならではの歴史が育んだ「銘菓」と呼ぶにふさわしい伝統を誇るお菓子があります。「かすまき」です。

言葉の響きで感づく方もいらっしゃるかもしれませんが、カステラ風の生地で、砂糖をたっぷり使った漉し餡(黒と白)を包み込んだお菓子です。その厚さは幅約4cmほどです。お店によって厚さ(直径)、長さ、甘さ、生地にそれぞれの特徴はありますが、あんこの甘味をダイレクトに感じることができるお菓子です。

かすまき

かすまきの発祥は古く、江戸時代までさかのぼります。江戸時代、対馬を治めていたのは宗氏でした。江戸時代には260~300家ほどの大名家がありましたが、中でも対馬藩主宗氏の歴史は特に古く、鎌倉時代、日本を揺るがした文永の役、弘安の役(総称して「元寇」)の頃まで遡ります。また、ほかの大名と比べて特徴的なのが転封を経験していない点です。鎌倉時代から幕末に至るまで、一貫して対馬を治め続けた大名家でした。「引っ越し大名」というタイトルで映画化された作品があるように、江戸時代においては先祖伝来の土地に領地をもつ大名の方がむしろ珍しく、ほとんどの大名は「引っ越し・転勤」を経験していたのです。

さて、対馬藩主宗氏が先祖から引き継いだのは対馬の領地だけではありません。

鎌倉時代以降、歴代当主が様々な軋轢の中で作り上げてきた「日朝外交」を江戸時代においても引き続き担当していました。

対馬藩主宗氏は、関ヶ原の戦い以後に徳川家に臣従した外様大名ですが、幕府の指示を受けるという条件付きながらも、朝鮮外交・貿易を独占し、両国文化の架け橋として機能していました。

外交・貿易に関するトラブルに臨機に対応するためか、対馬藩主は他の藩主に比べて参勤交代の負担が大きく軽減されており、江戸へ向かうのは3年に1度に免除されていました。つまり、他の藩主に比べて在国している期間が圧倒的に長く、藩主と家臣、領民との距離が近かったのではないかと思います。こうした状況も「かすまき」を生んだ背景なのではないかと思います。

3年に1度の参勤を終え、いよいよ対馬に戻る藩主を迎え入れるにあたり、当時貴重であった砂糖をふんだんに使い、極上の甘味を持つ菓子をこしらえて、お出迎えをしたのです。

家臣、領民の思いに触れながら、対馬に戻った藩主は、かすまきの味をかみしめたことと思います。砂糖のパンチ力を胃に受けながら。

国史跡「金石城跡」※対馬宗氏の居城、政庁

さて、藩主を迎える家臣、領民の思いを探ってまいりましたが、次に、製法について探ってみたいと思います。焦点を当てるのは、砂糖です。

江戸時代の中頃、8代将軍徳川吉宗が砂糖の国産化を図り、各藩での栽培・生産が進みましたが、それ以前の「砂糖」は輸入品であり、非常に高価な商品でした。

そんな高級品を、対馬藩はどのように手に入れていたのか?

実は、対馬藩は砂糖の流通ルートに拠点を持っていました。対馬藩は朝鮮との間で貿易を行っていましたが、その貿易品は対馬島内で生産したものではありませんでした。今もなお、島の面積の89%を山林が占めていて、江戸時代の前期に産出していた銀を除けば、島の中で産業を成長させることが出来ませんでした。そこで、朝鮮国内で需要が高い商品を、国内のマーケットで手に入れ輸出し、逆に国内のマーケットで需要が高い商品を輸入して利益を得るという方法で貿易をしていました。

その国内マーケット・流通ルートの一つだったのが、東南アジアを経由した貿易品が集積する長崎で、砂糖はその貿易品の一つでした。近年、話題になりましたが、長崎街道(小倉~長崎)のことをシュガーロードとも呼ぶそうです。対馬同様に、長崎に輸入された砂糖を使った菓子文化が、長崎街道沿いの藩、宿場町で成長し、現在まで銘菓、名菓として伝えられています。

かすまき

藩主を思って砂糖をふんだんに使ったかすまきですが、藩主がいなくなった明治以降も、島民に愛される味として、お土産はもちろん、冠婚葬祭の場面などで欠かせない菓子となりました。

いくつもの菓子店にのれん分けされ、現代でも修行先の店の味を引き継ぎながら、その店オリジナルの味に昇華されています。近年は、砂糖のパンチ力を維持しながら、食べやすさを意識した従来よりも小さいかすまきも登場しています。また、カステラ生地に抹茶を使ったもの、対馬で生産された紅茶を使ったものが登場したり、漉し餡の代わりにコーヒー餡を使ったもの、抹茶餡を使ったものなどオリジナルの商品も登場したりするなど、伝統と革新が融合する菓子として成長しています。

いかがですか?
対馬の歴史が育んできた「かすまき」の魅力を知っていただけましたか?

対馬にお越しの際は、ぜひ、食べ比べをしてみてください。そして、その面白い歴史と味わいと感動を、ご家族、ご友人に御裾分けするために「お土産」としてぜひお手に取っていただければと思います。

村瀨達郎
Profile

村瀨達郎

1984年生、対馬市(豊玉町)出身。2012年より対馬市職員(文化財課→観光商工課)
歴史大好き。高いところは苦手なので白嶽山頂には登れません。
最近は息子たちと遊ぶ時間が楽しすぎて時間がほしいです。

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