こんにちは、私は対馬観光物産協会のエヌと申します。これまで趣味と仕事を兼ねて対馬の山々をめぐり歩き、トレッキングや歴史、砲台などをブログや冊子にまとめてきました。対馬の神社についても紹介したいと思い、2017年に(苦労して)「対馬神社ガイドブック」を作成しましたが、今回、あらためて対馬の神社のディープな魅力をお伝えしたいと思います。
日本列島に人類が足跡を刻み始めたのは、約4万年前、地上が氷に覆われた最終氷期の真っ只中と言われています。その後、温暖化と足並みを合わせて誕生した縄文時代の信仰は、万物に精霊が宿るというアニミズム(精霊信仰)や、山岳信仰が中心であったようです。
人々の暮らす里地・里山に対し、険しい深山は、神仏・精霊や魔物、あるいは死者の魂が鎮まる場所、すなわち異界・他界として捉えられてきました。比叡山などの有名な仏教の聖地も、元をたどれば山岳信仰の霊峰であることが多く、俗世を離れた修行の場としても最適でした。対馬の場合、「足を踏み入れてはならない神の山」が各地に点在し、人々は山頂に登ることを避け、麓から仰ぎ見る「遥拝(ようはい)」を行っていたようです。古くから信仰によって守られた白嶽(しらたけ)や龍良山(たてらやま)は、大正時代に国の天然記念物に指定され、太古の姿を残す貴重な原始林の姿を今に伝えています。


山岳信仰と深く結びつきながら、古代日本において独自の輝きを発揮していたのが「巨石」への信仰です。自然のなかに突如として現れる巨大な岩、あるいは陰陽石などと呼ばれる特徴的な形状の岩は、古代人にとっては単なる物質ではなく、神が降臨するための御座(みくら)すなわち磐座として信仰されました。いずれ死して土へと還る動植物とは異なり、数千年の時を経てもほぼ形を変えることがなく、圧倒的な存在感を示す巨石は、「不死」や「不滅」の象徴として映ったのかもしれません。
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弥生時代、大陸から稲作が伝来すると、生長する一粒の穀物に精霊を見出す「精霊信仰」や、祖先との繋がりを重視する「祖霊崇拝」が広がり、日本人の信仰が新たな局面を迎えます。6世紀の仏教伝来もまた、日本独自の宗教観を形成する大きな転換点となりました。仏教は山岳信仰や先祖供養と結びつき、修験道(しゅげんどう)など独自の信仰を派生させていきます。我々が仏教行事だと思っているお盆やお彼岸は、実はインドや中国にはない、日本で生まれた独自の信仰なのです。

日本人の国家意識を形成した最初のきっかけは、663年の白村江(はくすきのえ/はくそんこう)の戦いでの敗北であると言われています。
外国の脅威に直面した当時の朝廷は、国家をひとつにまとめるための中央集権化を急ぎ、「日本」という国号を定め、正史・神話の統一を図ります。よく言えば多様、悪く言えば雑多で混乱していた神話や伝承は、「古事記」「日本書紀」という形で統合されていきます。和多都美(わたつみ)神社は、古事記の海幸山幸伝承の舞台とされ(朝廷が対馬の神話を取りこんだのか、その逆かという議論はありますが、私は前者だと思っています)、また古代山城・金田城は日本書紀に記載があり、日本の正式な歴史の黎明期に、対馬の神社や城が燦然と姿を現したことになります。

平安時代(927年)に完成した延喜式神名帳は、国として祭祀を行うべき重要な神社(官社、あるいは延喜式に記載された神社ということで式内社)の一覧です。国家が認めた重要な神社として、いまもなお、その由緒と格式が重視されています。(当時の式内社が、現在のどの神社に相当するのかは諸説あるようですが)西海道(九州)には98社107座の式内社があり、対馬には29社29座(うち6社は特に霊験あらたかな名神大社)が集中し、九州全体の約3分の1を占めるという異常な密度です。国境の島として、外交・国防の最前線であったという地理的理由に加え、亀卜(きぼく)などの占いの技術の一大拠点であり、律令制下で卜部を輩出して国家運営に関わるなど特殊な役割を果たしてきたことも影響しているようです。当時の朝廷にとって対馬は、物理的な楯(国防)と宗教上の砦(祭祀)を司る、特別な場所だったのです。

日本の信仰もまた、長い歴史のなかで変化を続けてきました。仏教との習合、江戸時代の国学による再発見、明治時代の神仏分離や国家神道の形成、そして戦後の政教分離、経済的な豊かさによる信仰の希薄化・・・。そうした変遷を経て、現在の神社の姿があります。初詣などで見慣れている風景(鳥居・狛犬・拝殿・本殿があり、拝殿の前でお賽銭を納め、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼するなどの形式)も、実は近代以降に整えられた比較的新しいもののようです。
しかし、島土の89%を森林が占め、氷期の遺存種であるツシマヤマネコが生息し、かつ魏志倭人伝にも登場する歴史ある島・対馬には、外来思想や国家による統制が及ぶ前の、古神道や原始信仰のエッセンスが息づき、専門家や愛好者を強く惹きつけています。対馬の素朴な神社の裏に鎮まる神山や磐座は、日本のいにしえの信仰の姿を今に伝え、神話の源流にふれる旅へと、我々を誘(いざな)い続けているのです。
(一社)対馬観光物産協会・マニアック担当
対馬・厳原町出身、美津島町在住。島内を歩きまわり、トレッキング、砲台、光るキノコ、お城、神社、狛犬、対馬に関連する漫画・アニメ・ゲームなどの情報を発信するのがライフワーク。WEBサイト「エヌの世界」を運営中。
「対馬神社ガイドブック ~神話の源流への旅~」の配布について
(エヌの世界・ブログ2017年6月1日)
https://kacchell-tsushima.net/archives/2141
「独断と偏見の神社セレクション」(エヌの世界)
https://kacchell-tsushima.net/shrine/arekore/shrine_selection
「対馬の狛犬リスト」(エヌの世界)
https://kacchell-tsushima.net/shrine/komainu/komacollection