日差しに夏の気配が混じり始めたかと思えば、朝夕にはふと梅雨寒を感じる、季節の境目にある6月。天気予報では曇りのち雨でも、実際に外へ出てみると雨が降らない事もあったり。真夏ほどの厳しい暑さもなく、湿り気を帯びた風が何気に心地よくて、歩くにはむしろちょうど良い季節かもしれません。
この日向かったのは、以前から、季節を変えてもう一度訪れたいと思っていた金田城跡。一昨年の11月、昨年4月に続き、6月に訪れるのは今回が初めてです。目的は、梅雨時ならではの雨に潤う空気を感じながら山歩きを楽しむこと。そして山頂部に残る城山砲台を訪ねること。登山口に備えられた竹の杖を借りて、片道およそ1時間の往復ルートへ。

歩き始めるころ、雲行きが次第に怪しくなってきましたが、今日の天気予報は曇り。きっと本降りにはならないはずと信じて歩き続けます。シダや苔、湿潤な空気を好む生き物たちが艶やかに元気に見えます。この季節の山ならではの風情を味わえて良いものです。



ありふれた登山道とは違う、日露戦争に備えて明治期に切り拓かれた軍道。そして、そのはるか以前、7世紀に唐・新羅からの侵攻に備え、防人たちが築いた山城。東南角石塁には、時代のレイヤーが幾重にも見られます。築かれてから1350年以上を経た今でも良好な状態であることに驚くばかりです。巧みな築城技術や厳しい環境を耐え抜いた石の強さだけではない、遠くを警戒し続けた人々の祈りの魂に守られているような気がします。
しばらく進み休憩所の東屋を過ぎて、山頂部へ向かいます。足を止めると、森は驚くほど静かでした。耳に届くのは、しとしとと降る雨の音だけ。しかし不思議なことに、雨粒そのものは木々に遮られ、ほとんど濡れることはありません。森全体が大きな屋根になったような感覚です。このまま山頂まで、できれば止まらずに歩き切りたい。祈りが伝わったのか雨音は少しずつ遠のき、代わりに鳥たちのさえずりが聴こえ始めました。夏鳥の声でしょうか、姿は見えませんでしたが、美しい声に癒されます。

傾斜は比較的穏やかで、ペースを変えずに進み続けていると、まだ先かと思っていた視線の先に、構造物らしき輪郭が。日露戦争の時代に対馬海峡を望んで築かれたという砲台跡です。古代の石塁と近代の軍事遺構が同じ山の上に連なる風景に、不思議な時間の重なりを感じました。


側溝や水路も良い状態で現存していて、当時の緻密な技術を見ることができます。ここから約1.2キロほど歩くと城山付属堡塁があるそうなので、次回はロングコースでチャレンジすることにします。(城山付属堡塁は道に迷い易いため、ガイドが必須です)

青い海に浮かぶ鮮やかな島々の景色とはまるで異なる、昔話に迷い込んだかのような霧の世界。そこに広がっていたのは幽玄そのもの。天と地の狭間に取り残されたような、何とも言えないゾクゾク感・・恐ろしくも美しい風景でした。この場所で海を越えて訪れる脅威に備え、季節ごとに空を見て風を受け、遠くを見つめ続けていた当時の人々の姿を想像します。万葉集に残された家族を想う悲痛な歌、そして石塁を築き上げる気の遠くなるような重労働。この山には、国家存亡の危機に向き合った人々の、今の私たちには想像もできないような、強い意志が刻まれている・・・と。複数の時代の記憶を重ねることができる金田城跡のトレッキング。季節が変われば、色も匂いも少しずつ変わります。次はどんな景色が待っているのか楽しみに、次回は秋冬に再訪してみたいと思います。
(対馬感考案内人F)