そばとして日本初のGI登録。対馬だから生まれた対州そば。

そばとして日本初のGI登録。対馬だから生まれた対州そば。

古くから愛され続けてきた対州そば

実りの秋は、食通が心待ちにする季節でもあります。今まさに旬を迎えているものの一つが、秋そば。そばの生育に適したこの時季、対馬では畑一面に真っ白なそばの花が咲く光景があちこちで見られるようになります。収穫の最盛期を迎え、農家の方々も大忙し。2026年はとりわけ生育が良好だといいます。ところで、対馬で食べられている「対州たいしゅうそば」とは、どのようなそばなのでしょうか。そして、どこからやって来たのかをご存じでしょうか。

国道沿いを走っていると山あいに見られる花畑。
そばの花は白い小花がふんわりと集まった、野の花らしい佇まい。

蕎麦の源流の一つが「対州そば」

対州そばは縄文時代後期、中国大陸から朝鮮半島を経て、大陸との玄関口である対馬に伝わったとされ、日本全国で親しまれているそばの源流の一つとも考えられています。他の産地のそばと比べて小粒ながらも実がぎゅっと詰まっていて、粒ぞろいで、緑色を帯びた良質な実が豊富なのが特徴です。殻が取り除きやすく、そば粉に加工しやすいことに加えて、そば本来の風味が豊かで、味わいはしっかりとしたコクがあります。

そばは本来、他の地域の品種と交雑しやすい性質をもっていますが、離島という地理的環境のおかげで、大陸の原種に近い特徴を長く保つことができたと考えられています。本土のそばが長い年月をかけて品種改良や交雑を重ねてきたのに対し、対馬には“昔のまま”の姿が残されたと言えるでしょう。対馬全島で栽培されるこの在来品種は、伝統的な生産方法や地域との結びつき、その特性が評価され、そばとしては全国で初めてGI(地理的表示)に登録されました。いわば「そば界の先駆者」として国のお墨付きを得た、名誉あるそばなのです。

収穫時期を迎えたそば畑、畑は独特の赤茶色に染まる
果皮に包まれた玄そばから、薄緑色のみずみずしいむき実〜製粉へ
令和6年から乾麺の製造がスタートし販路も少しずつ拡大

困難に直面しながら徹底した品質を維持

対州そばは戦後、収穫量を上げるために島外で改良された大粒の品種が持ち込まれ、本来の特徴を失いかけた時期がありました。在来種としての対州そばが、消滅の危機に瀕していたのです。そこで生産者・行政・JAが団結し、6年がかりで「純系化プロジェクト」に着手します。その結果、2006年には島内のそばを100%対州そばに切り替えることに成功し、苦境を乗り越えました。
この取り組みは、GI取得への道も切り開きました。農林水産省の地理的表示(GI)保護制度では、その土地ならではの歴史に加え、「高い品質や特性が、地域の中で維持・管理されていること」が厳しく審査されます。在来種への統一と、地域で品質を守る体制づくり。この2つをプロジェクトで実現していたからこそ、対州そばはGIを取得できたのです。現在はJAによる品質管理や対州そば振興協議会が進めるPR活動によってブランドとして育まれ、その名は少しずつ広まっています。しかし、対州そばは再び困難に直面しています。天候不順による収穫量の変動に加え、原材料費や人件費などの負担増と人手不足が、生産者や飲食店の経営を圧迫しているのです。この価値あるブランドを未来へつなぐため、努力を惜しまない地元の方々には頭が下がる思いです。

素材を噛み締めたいツウは「ざる」で味わう

ところで、美味しいそばは一体どのように味わうのがベストなのでしょうか?そば通の間で推されているのが、まず冷たいそばで香りと甘みを楽しみ、続いて温かいそばをいただく“2回食べ”。肌寒くなってくるこれからの季節は、温かいそばも恋しくなるもの。対馬らしい一杯といえば、鶏出汁でいただく「いりやきそば」。地元では定番の食べ方です。近年は、生麺の代わりに対州そばの乾麺をゆがき、鍋の出汁をかけて食べるスタイルも定着しつつあります。

年末にかけて年越しそばのシーズンが近づいてくると、またそばが恋しくなるもの。秋から12月頃にかけて収穫されたそばは12月初旬頃から順次、新そばとして提供され始め、年越しそばとしても親しまれていますので、この時期も対州そばが欠かせませんね。(対馬感考案内人F)

麺そのものの香りと食感、何もつけずに味わうも良し。
出汁との一体感で味わう温かい「いりやきそば」は2杯めに。

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