世界的に希少!千もの工程で作られる伝統料理ろくべえを通して、対馬の心を伝える。

世界的に希少!千もの工程で作られる伝統料理ろくべえを通して、対馬の心を伝える。

対馬の食と言えば、よく知られている代表格はあなごですが、皆さんは郷土料理「ろくべえ」を食べられたことがありますか?スープと麺の組み合わせはうどんや蕎麦とも似ていますが、麺の材料はサツマイモ・・・ではなく、サツマイモから取れるデンプンを加工した「せんだんご」という対馬の発酵食です。ろくべえは郷土料理としての歴史が大変古く、対馬の食の伝統や歴史を語る上では外せない、とてつもなく奥が深い料理です。その背景についてお伝えしたいと思います。

スープにモチモチ麺が絡んだ郷土料理ろくべえ

対馬だったから、必然的に“ろくべえ”が生まれた

遡ること江戸時代。山々に囲まれた起伏の激しい地形で、畑もなく作物に苦労していた中、対馬の人々が主食としていたのがサツマイモでした。痩せた土地でも育ち、お腹を満たしてくれる。芋は対馬で生きる上で都合のいい作物。しかし、当時の庶民の暮らしは決して豊かではありません。良いものは自然と位の高い人たちへ流れ、残ったものをどう食べ切るかを日々、試行錯誤していた事でしょう。芋も例外ではなく、大切に保存していてもすぐに傷み、腐っていく。今なら迷わず捨てるところですが、空腹が身近だった時代、良いところも悪いところも、煮て炊いて、どうにかして食べるしかありません。なんとか良い方法はないかと考え続ける日々。そうした末、知恵が結集して生まれたのが、ろくべえの元となる「せんだんご」です。これは、サツマイモの保存食のことで、日持ちせず痛みやすい芋を加工、貯蔵して必要なときに取り出すために考案されました。単に芋を干して固めて保存するのではなく、芋のデンプンを団子状にしたもので、出来上がるのに千回もの手を加えることから名付けられたと言われています。4ヶ月もの月日をかけて、幾重もの製造過程を経なければならず、団子の完成までに果てしなく手間がかかるのです。

古来の独特な製法で、複雑な工程を幾度も重ねて作る

せんだんごの材料となるさつまいもは、秋に収穫したのち水に浸し、屋外に放置します。寒い時期、冷水の中で酵母が活動し、水の表面が白く変化していきます。水から芋を取り出した後、一定の温度を保った状態で発酵させると、やがて粘土のような状態になります。柔らかくなったさつまいもを丸めて乾燥させ、冷たい風にさらすことで次第に硬化します。1月から2月の寒風にさらした状態で、長い時間をかけて乾燥させます。水分が飛んでいる間、微生物は芋に対して、何らかの働きかけをしているのでしょう。さらに水に戻して撹拌・洗浄し、微生物を取り除く作業を行います。幾度も繰り返して水分を抜き、最終的にデンプンを抽出し、それを丸めて団子にしたものを、再度乾燥させて、ようやく出来上がりです。最初の発酵から、干し上げまでの期間が2ヶ月。干し上げたものを水に戻してデンプンを取り出し干し固めるまでが、2ヶ月以上かかるので、出来上がるのは早くても3月の初めくらい、最低でも4ヶ月余りの日数はかかります。その名の通り、製造に千回もの手間と相当な時間をかけますが、驚くべき点は、これを今でも変わらない工程で行っている事です。

また、完成した「せんだんご」は無添加で仕上げた発酵食品のため、湿気があるとカビが生えやすい。そのため完成後も、よく風に当てて乾燥させて大切に保存することが肝心です。昔は除湿機などありませんから、冬の乾燥した時期に倉庫から出して広げて湿気を取っていたと思われます。これもまた、風の強い対馬だからこそ、この知恵が生まれた所以です。私は、せんだんごを信頼できる農家さんから購入してろくべえを提供していますが、毎年、作り手さんには頭が下がる思いです。

信頼する契約農家から購入する「せんだんご」。保管する場所も湿気がたまらないよう定期的に確認し、天気のいい時に干して湿気を飛ばし保存する。

美味しさは原材料・製法の両方に左右される

せんだんごは、作り手さんによって粘り気の強弱が異なりますが、私は麺に仕上げた時の、もっちりした食感を出したいため、強い粘り気を求めています。納得のいく原材料かの見極めは仕上がりを左右します。麺作りは、まず、せんだんごに水を含ませて、そばやうどんを伸ばす前のような生地を作ります。力を加えて、生地がきちっとした粘り気を出すまで、丹念に捏ねます。ここで、丁寧に作業を行わないと舌触りに影響するので、生地の程よい滑らかさ、弾力を手で感じて「これでよし」と思えるまで時間を要します。開店時間以外の間は、誰とも接さずに集中してこの作業を行っています。生地作りは決して途中で手を止められない工程です。長年の勘を頼りに、まだダメ、これなら大丈夫というのが手に伝わってきますので、丁度良い頃合いになったら、ようやく生地が仕上がります。

次に、完成した生地を沸騰したお湯で茹でますが、麺にするために、まず鍋の上に金具を固定します。生成した生地をお湯に向かって押し出していく。この金具の穴から落ちたものが、お湯の中で自然と固まります。こうして出来た麺と、特製出汁のスープと合わせて「ろくべえ」の完成です。

麺を作るための金具は、母が使っていた古いものを修理しながら使い続けている。各家庭で穴の大きさは異なる。これでなければ作れない大切な道具。
お湯の中で凝固して出来た麺。これをストックし店内で調理を行う。

対馬だけにしかない価値を次世代に継承したい

私は「ろくべえ」を口にするとき、単なる郷土料理以上のものを感じます。昔の対馬の人は貧しい環境でも、集落の行事の折には皆で「ろくべえ」を囲み励まし合っていた事でしょう。対馬は歴史的に外からの緊張と常に隣り合わせの場所で、食料は命綱でもあったはずです。その中で貧しさを嘆くでもなく、ただ生き延びるために知恵を絞ってきた。それが今でもそのままの形で残っていることは大変貴重で尊い事です。しかしながら、こうして長い間継承されてきた「ろくべえ」や「せんだんご」は、後継者不足という課題を抱えています。作り手さんたちは皆高齢ではありますが、何とか昔と同じ製法で今も作り続けていますので、元気なうちに次の世代に継承できるのが望ましい。昨今、NHKさんが発酵のテーマや、郷土料理の番組で取材に来られました。世界的にも希少だと言われる希少な手仕事を知ってもらい、関心がある人が現れて課題解決に繋がればと願ってやみません。私自身、先人たちの思いをきちんと受け継いで、変わらない味を提供し続けたい。サツマイモで作った無添加の自然発酵食品ですから、体にも優しい作用がたくさんあると言われています。これこそ、未来永劫受け継いでいくべき、世界に誇れる対馬の宝だと確信しています。

混合出汁のスープと合わせて仕上げる、長い時間をかけて完成した魂の一品。

桟原 健夫
Profile

桟原 健夫(さじきはら やすお)

厳原中心部から南へ車で20分ほどの場所、緑の中にある食事処「らん亭」店主。植物の蘭への関心をきっかけに、自然の中で心に響く音、自然への想いをこめて名付けた店です。真心や優しさを、柔らかなひらがなの「らん」に込めています。

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